『マジサイ!』

第五話 フォーチュン☆テラー


「イヤー!!!絶対に入らない!!!」

 さっきまで威勢の良かった涼香は、廊下の壁に張り付いて新しい「部室」には入ろうともしなかった。その極端な嫌悪ぶりが、なぜか素子と未来にはおかしかった。

「どうしたのッ、二人ともー。笑い事じゃないんだから!」
 「大丈夫だよ、涼香。明日、お店から駆除剤を持ってくるから」

 と未来が落ち着かせる。未来の家はイタリア料理店なので、こういう害虫退治はお手の物である。業務用の駆除剤を使えば、中に何がいようとイチコロなのだ。

 まずは徹底的に部室を掃除しなければならないし、壊れかけたところの修理、もし予算がつけば変色した壁紙も張替えたい。メンバーを集める他にも、やらなければならないことはたくさんある。


 素子がため息をついた時、隣近所の部室から、涼香の絶叫を聞きつけた生徒たちが外に顔を出し始めていた。みんな「開かずの間」から女性の声が聞こえたことに少しおびえながら、廊下の突き当りを覗いていた。廊下中の視線が涼香に集中する。


「みなさーん。今度から、この部室を使うことになりました封印部です。私は部長の、高等部二年の夢堂素子です。よろしくお願いしまーす」


 ここぞとばかり、素子は部屋から出ると、こちらを見ていた他部員にあいさつをした。すると、幽霊でも見たようにバタバタと部室に戻っていく。長い廊下には、また封印部の三人がポツンと残される格好になった。

「何よ。私たちが『開かずの間』から出てきたわけじゃないのに」
「それは、そうなんだけど・・・・」
 未来は何もコメントできなかった。

「しょうがないなー。私と未来の二人だけじゃ掃除は出来ないから、また明日の放課後になるね」
「って感じになるかな。明日、煙がでるタイプの駆除剤持ってくるから、朝来たらすぐ部室に仕掛けておくよ」
「ありがとー、未来。じゃあ、帰ろうか?」
「あ、みんな、今日、これからヒマ?」
 帰ろうとし始めた二人に、未来が言った。
「うん。別に何も無いけど」
「なら、駅前の『マジカル・ガーデン』に行ってみない?たまにはいいでしょ?」
「いいよ。涼香は?」
「なに?そのマジカル・ガーデンって?」


 未来の提案した「マジカル・ガーデン」とは、成真駅前のちょっと隠れた裏道にあるカフェ兼ケーキ屋のこと。チーズケーキでは、このあたりでは有名な店である。
特に、ベイクドタイプのチーズケーキは、あっさりして柔らかく、口に入れると、チーズそのもののフレッシュさが広がる中にも牛乳のコクがあり、外側のサクサクした生地とそれが絶妙なバランスで、他を寄せ付けないおいしさだ。

 オーナーお奨めかつブレンドは企業秘密のオリジナル紅茶との相性は抜群で、どちらも人気が高く、ケーキを買っていく人もモチロン多いが、カフェでゆっくりと紅茶を飲みながら食べていく人も多い。

 涼香に異論があるはずもなく、三人は駅前までやってきた。初めて来る人にはわかりづらい場所にあるが、休日はちょっとした行列ができるほど混み合う。マスコミの取材は一切拒否しているらしいので、リピーターと口コミの威力だろう。

 でも、今日は平日なので待たずにすみそうだ。
「どうする?外と中、どっちでも座れるよ」
 一足先にのぞきに行った未来が帰ってきた。
「でも、外だとちょっと寒そうだった」
「じゃあ、中にしようか、涼香?」
「うん」

 店内を見回すと、素子達と同じように学校の帰りに寄り道といった感じでここへ来たのか、学園の生徒が数組見えた。始業式の日は通常より早く終わる。終わってからすぐに来た生徒たちの波は過ぎているようだ。窓側のテーブルが空いていた。

「ねえ、なんにする?」
「素子のお勧めは?私、初めて来たからわからないし・・・」
「う〜ん、やっぱりチーズケーキかな」
「みんな、ここの名物のデラックスパフェは食べたことあるの?」
「え!?デラックスは止めた方がいいよ。もし頼むんだったら3人で食べないと余っちゃうよ」
「甘いものなら、けっこう食べられるんだけどな」
少し不満そうな涼香は、あらためてメニューを読む。
「ほら、あそこの二人組のオジサンが食べているのがデラックスだよ」
未来がほかのテーブルを偵察して、パフェを発見した。


「なぁ、柴田ぁ。ここのパフェ、でかいだろう」
「大きいですけど、仕事中にこんなことしていいんですかぁ」
「いいんだよ、たまには!俺たちが出る幕なんて、そんなに頻繁には無えんだからな」
「それはそうでしょうけど・・・」
「ここは奢ってやっから。ただし、俺より早く食ったらな。ハッハッハ」

ピッチャーの中一杯に押し込まれたバニラアイス、チョコソース、コーンフレーク、輪切りのバナナが、マントルのように重なり流れる上に、アイスとクリームの山がそびえている。ふもとにはストロベリーやチョコミントなどが峰をなし、チョコスプレーの雲が周りを固めていた。

山頂にはウエハースが突き立てられ、ポッキーが登山家の墓標のように突き刺さり、さくらんぼが遠い夕日のごとく数個、固まって盛られている。まさに、小宇宙。パフェというよりはジオラマである。


「あれ、一人で食べるんだ・・・・」
「男の人だからたべられるんだよ」

 初めて「世界の神秘」「世界遺産」ともいうべき光景を目撃して固まった涼香に、素子は分かったような分からないような返答をしていた。結局、三人とも無難にチーズケーキを頼むことにした。


「あ、おいしー。もう一個、頼んじゃうくらいおいしい」
「未来とよく来るけど、何回食べても飽きないよね」
「あー、しあわせ」

 未来は何もしゃべらず、深く味わっていた。噛むと口の中に広がるチーズのコクを、さくさくの生地がちょうどよい舌触りに変化させる。そしてセイロンティーを飲むと、香りが爽やかに通り抜け、ケーキの風味を包み込でいくようだ。


「どうしたの?未来は。さっきから黙っているけど」
「只今、研究中です」
素子はウインクした。
「どうしても、この店の『味』を盗むんだって。かなりの回数食べたんだけど、どうしても自分で作るとちがうみたい。だから、集中して味わって、記憶するんだって言ってたよ」
「使っている材料が違うのかもしれないよね」
「だとしたら、自分の手に入る材料で、どこまで近づけるか、試してみたいじゃん」
「直接聞いても・・・・教えてもらえるはずないか。企業秘密だろうからね。どう?今日はわかったの?」
「あんまり。何か隠し味でもあるのかなー」
「分からない方がいいんじゃない?分かんないほうがここに来る楽しみもあるし、自分のレシピを作る甲斐もあるんだから。何だったら、未来、ここでバイトすれば?」
「バイトぉ?」
「うん、あそこにアルバイト募集って書いてあったよ」
「うーん。ウチの店の手伝いもあるからなあ。考えとくよ」

 涼香は、調子に乗って3つもオーダーしてしまった。さすがに食べ過ぎたかもしれない。ちょっと夕飯は抑えておかないとなぁ。会計を終えて店を出ようとした時だった。

「スズカ?」
「え?」

 涼香が振り返ると、店の奥に一人で座っていた神ヶ丘生だった。あんなに長かったら、洗うのが大変だろうなあ、と素子が思ってしまうほど、腰のちょっと上まで伸ばした髪を揺らしながら、彼女は近づいてきた。スカーフの色からすると、2年生。知らない人だった。

「やっぱりスズカじゃないかって、思ったんだけど、間違いないみたいだね」

 あっという間に三人に近づくと、涼香に向かってしきりに「大きくなったねえ」と親戚のような事を言っている。ちょっと面食らった涼香だが、すぐに思い出した。
 
「チサト姉ちゃん?」
「涼香、なんで帰ってくるって連絡してくれなかったの?おばさん元気?いま、どこに住んでるの?この二人は、同級生・・・よね?」
「そんなに、いっぺんに話せないよ。帰ってくるのが急だったから、いろいろ手続きとか忙しくて連絡しそこねちゃった。まだ両親は帰国してきてないけど元気だよ」
「ねぇ、涼香。この人、知り合い?」
 素子が耳打ちすると、その2年生がすかさず、
 
「加茂千里。みんなと同じ、神ヶ丘の2年生だよ」
「小さい頃、隣に住んでいた幼馴染のお姉ちゃん」
「あ、そうか。涼香、昔はこのあたりに住んでたんだよね」
 
 涼香と千里は、まだ涼香が成真に住んでいた頃、近所に住んでいた。美珠が小学校の3年生になった時、涼香が引っ越してしまったから、ほぼ十年ぶりの再会である。
「でも、チサト姉ちゃん、よくわかったね、私だって」
「ふふーん、それくらいわかるよ。お店に入ってきた時から、そうじゃないかと思ってたんだ。私のカードにも『久しぶりに旧友と再会』ってあったから、なんとなく涼香だったらうれしいなって。で、この二人は・・・?」
「あ、この二人は、一緒に部活をやることになった、仲間だよ。髪の短い方が部長の素子で、ちょっと長いのは未来」
「はじめまして。封印部部長の道成寺素子です!」
「おなじく封印部の野宮未来です。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくね♪・・・・うん?封印部なんて聞いたこと無いよ」
「あ、それはね、今日、私たちが作ったばっかりの、出来立てホヤホヤの部活だから。あ、もしよかったら」
「ちょっと待ってねー」

 涼香の言葉が終わる前に、美珠は自分のテーブルまで引き返して、卓上にあったカードをまとめ始めた。準備が整うと、しきりに三人を手招きしている。仕方がないので、「お誘い」に乗って、店の奥のテーブルまで移動した。

「占い、ですか?」
「そう。タロットカード。よく当たるから、占ってあげるね、部長さん」
「あ、はい」
 素子を向かい側に座らせると、千里は愛用のタロットカードを慣れた手つきで混ぜ合わせた。

「部長さんを占おうか?それとも新しい部のことにしようかな?」
「ええっと・・・。うーん、どっちにしてもらおうかな」
「じゃあ、両方とも占ってあげるよ。まずは部長さんからね」
 一通り混ぜ終わると、千里は目を閉じた。店内の話し声が、一瞬、止まったような気がした。目を開くと、そこには真剣なまなざしの千里がいた。
「何か憑いているみたい」
「しっ。チサト姉ちゃんの占いは、よく当たるんだよ。小さい頃から。黙っていて」
 涼香が未来をたしなめた。

 テーブルの上のカードを集めて、幾つかにわけ、また集める。そしてテーブルの上に整然と並べ、一枚取った。全員、固唾を呑んで見守っている。
「太陽のカード。自分の力を信じて、思い切ってやっちゃえば成功間違いなし。前にどんどん出て行きなって感じかな」
「やったじゃん。良かったね、素子」
 涼香が座っている素子の肩をたたいた。
「素子のことだから、前にどんどん出て行くってことは、言うまでも無いけどね」
「そ、そうかな・・・」
 さすがに付き合いの長い未来はよく知っている。
「じゃあ、今度は封印部のほうを占うね」
 三人の様子をうれしそうに眺めていた千里は、再び目を閉じた。

「封印部の運勢は・・・・。『隠者』かぁ」
「どういうことですか?」
 素子も真摯に聞く。
「時間はかかるんだけど、地道に一歩一歩確実にやれば、きっと上手くいくっていうこと」
「もしかすると、メンバー集めのことじゃないかな、素子!」
「そうか。そうだよね。きっと、しっかりやれば大丈夫だって事かなあ」
 カードの中の隠者がかざすランプの明かりは、まさに封印部にとっては、希望の光に思えた。随分使い込んでいるらしく、少し厚めの高価そうなカードは、独特の「いかにも当たるような」風格を持っている

「メンバー集めって?」
「あのねえ、実はこの封印部って、まだうちら3人しか部員がいないの。でも、それって神ヶ丘の規則上認められていなくて、最低でも5人は集めないといけないのね」
「それで、あと2名探しているんだね。でも、大丈夫。地道に活動していれば、きっといいメンバーが見つかるよ」
「それ聞いて、安心したよ。ありがとう、チサト姉ちゃん」
「あ、素子、加茂先輩に封印部に入ってもらうのって、どう?」
 未来が、急に提案した。
「うん。占いが得意なら封印部にもうってつけだと思うし、いいよ。入ってもらおう」
「ねえ。どーお?」

 既に占いモードから通常モードに戻った千里は、頭の上を通り過ぎていく勧誘の言葉を、ただ聞いていた。

「その封印部って、どんな活動をするの?」
「魔法に関することなら、ナンデモやっちゃおうって感じのクラブ。活動内容は決まっていて決まっていないようなものだけど、ちゃんと専用の部室もあるし。部員も、まだ私と素子と未来しかいないから」
「ちゃんとした部室」かどうかは疑問だけど、と未来は心の中でつぶやいた。

「入ってみない?」
「うーん」
 さっきから腕を組んで、頭をいろいろかたむけて考えていた千里は、最後の紅茶を飲んでしまうと、こう言った。

「うーん。パス」
「えー!なんで?」
「しかもあっさりと!」
「いろいろ、他の人とつるむのが苦手でね。時々、ふらっと立ち寄ったりするならいいんだけど」
「それでもいいから、チサト姉ちゃん入ったらいいじゃん」
「そんなわけにもいかないよ。少なくとも、最初に集める5人は、これからの部活動を背負っていかないといけない、大切なメンバーでしょう?部長さんだって、まだちょっと頼りなさそうだし、活動内容もふにゃふにゃして決まっていないし。しっかり活動できるメンバーを選ばないと。私みたいな一匹狼みたいなのよりも、違う人を入れたほうがいいと思うよ」
「でも、せめて名義だけでも・・・」
「ダーメ。涼香、自分の勘を信じなさい。あと2人ぐらい、すぐに見つかるよ。もし、どうしても見つからないなら、名義を貸してもいいけど、メンバーは絶対に見つかるよ。そう思って探してれば、運命の人を見つけられるって」
 千里は涼香の目をじっと見て言った。

「そっか。やっぱりチサト姉ちゃんだ。一度決めたら、誰が何言っても変えないんだから」
「まあ、それならしょうがないか・・・・ね、素子」
「うん・・・」

「大丈夫、大丈夫。あ、でもこれだけじゃ後輩に酷かな。もし見つからなければ、どのあたりに候補がいるかぐらいまでは占ってあげようか」
「はい・・・その時は、またよろしくお願いします」
「さてっと、そろそろ夕飯の時間だね。スズカの家って、また、うちの隣なの?」
「そうそう。でも、まだリフォームが済んでいないし、引越し荷物もまだだから、しばらくは神ヶ丘の寮にいる予定なんだけど」
 
 店から出ると、千里はすぐに魔法器に乗って、上昇し、ちょっとウィンクすると高速で家に帰っていった。

「あーあ、結構暗くなっちゃったね」
 素子が外に出てみると、もう街は日が落ちていた。裏通りにあるマジカル・ガーデンの前は、店の明かりが路面を照らすだけで、まわりのアパートやマンションの廊下にポツポツと蛍光灯があるだけだった


「もう六時半だ。長居し過ぎちゃったかな」
 涼香が時計を見て言った。

「そういえば、お店の手伝いをしなくていいの?未来」
「うん。今日はちょっと遅くなるっていっておいたんだけど・・・・私、先に帰るね」
「うん。今日はお疲れ様、また明日ね」
「じゃあね」
「あ、未来―」
 涼香が魔法器にまたがり、宙に浮き出した未来に呼びかけた
「なに?」
「駆除剤、忘れないでね」
「わかってるって。じゃあねー」

 未来は言われるまで、すっかり忘れていた。魔法器が上昇するにつれて、街の明かりはどんどん数を増していく。マナから作られた光の一つ一つには、やっぱり生活があっていろんな事が起こっているんだろうな、と考えるといつも不思議な感じがする。

 眼下に並んで帰っていく素子と涼香が小さくなって、通りのひとつに同化した時には、未来の視界に成真駅前の喧騒が広がっていた。

面白くなってきそう。
きっと明日は今日より面白い。
明日より明後日はもっと面白い。

 未来は魔法器の柄をぎゅっと握り締めた。

「あ、雑誌買うの、忘れてた」

 魔法器は、そのまま光の森のなかに吸い込まれるように降下し、見えなくなっていった。


つづく