『マジサイ!』

第四話 新しいトビラ
 素子は、午後の授業にまったく身が入らなかった。決して「いつも」身が入っていないわけではない。まともに昼食を食べていなかったので、お腹が空いて仕方がなかったこともあるが、やはり学園長から手渡された鍵がずっと気にかかっていたせいだ。真鍮製のようで、トランプのスペードのような持ち手の中に、宝石のような石が入っている。他の部室の鍵と同じようなものなのだが、何かが違う。その何か、は言葉では表せない、雰囲気というか気分というか。手の中で転がしながら素子はずっと眺めていた。

・・・もとこぉ・・・・・

「!?」

 また、今朝の声が聞こえた気がした。

・・・・・・・さんぎょうめ、三行目・・・・・・

 「道成寺さん!次は道成寺さんの番ですよ。新学期早々、ボーっとしてちゃいけませんよ」

 隣を見ると涼香が「ほら、はやく読みなよ」という顔で合図していた。やっぱり今朝みた夢がどこか気にかかっていたのかもしれない。寝ぼけ半分で見た夢のあの声、あの扉・・・・。扉?

 「あ・・・・わかった・・・」
 「何が分かったのですか、道成寺さん?」
 「え?あっ、はい、読みます。どこからでしたっけ。あ、三行目ですよね。『しかし、魔物の発生メカニズムはいまだに解明されておらず・・・』」
 涼香に目をやると、大きく首を振って、教科書のページを繰るまねをしていた。
 「道成寺さん、聞いていましたか?」



 「ほんっとうに、ちゃんと私が横から教えているのに、ぜんっぜん聞いていないんだから」
 「素子が授業中にボーっとしているのはいつものことだから。で、今日はなんでボーっとしてたのかな?道成寺クン」
 放課後、素子の席の周りに涼香と未来が集まってきた。
 「まあ、ね。この鍵だよ」
 「鍵って、何の鍵?」
 未来が、素子の手の中に納まっている鍵を不思議そうに覗いている。
 「あ、封印部の部室の鍵。言わなかったっけ?」
 「まだ、未来には何も言ってないよ」
 と、涼香が学園長室でのことを説明した。
 「えっ。じゃあ、やっぱり今朝の魔物騒動って、素子たちだったの!?」
 「しー。声が大きいよ、未来」
 「だって、結構大きな騒ぎだったんだよ。ほら、誰が封印したか謎だっていうんで警察が調べているとか、みんなにかなりメールが回ってるんだから」
 「本当だ。私のにも入ってた」
 と、素子は全く忘れていた自分のケータイをチェックした。
 「でも、今回の事件が封印部をつくる羽目になった最初だから、未来には知ってもらいたかっただけだから。ほら、ここに許可証もあるから大丈夫だよ」
 「なるほど。学園長も、考えたわね。で、その第一メンバーが私ってわけなの?」
 「そう!頼むよぉ、み・ら・い。未来様!このとおり」
 素子は両手を合わせて、未来を拝むように頼む。いつものパターンだ。
 「まあ、それくらいのことならそこまで頼まなくてもいいよ。入ってあげるから。でも、うちの店の手伝いとかあるから、そんなに長くは活動できないよ」
 「あ、それなら大丈夫。活動内容だって、あって無いような物だから。魔法に関するナンデモクラブみたいな感じだし。さあってと。これでメンバーは三人ね。残りは二人、か。アテはあるの?部長さん」
 「あることはあるんだけど。友達を誘えば入ってくれるだろうけど、みーんな、もう部活に入っちゃっているから、あんまり誘えないなと思って」
 「うーん。そこが問題よね。中学校から続けてたら部活って辞めにくいし。でも、素子、名前だけ貸してもらったら?特に封印部って言ってもすることはないんでしょう」
 未来の言うとおり、封印部の活動は決まっていないのだから、名義だけ貸してもらえば今日中にでも登録は完了する。学園長からして「封印とか魔法に関することは何でもやろうって感じの部活」としか説明していないわけだから、本当は何人でも問題ないだろう。

「ううん。それじゃ、何かいけない気がする」
「なんで?」
「わかんない。けど、学園長だって、私たちにやってもらいたかったんだから、意味があるはずだと思う。それに、せっかくの機会なんだから、おもいっきり楽しまないと損じゃん。きっと、いいメンバーに出会えるよ。これは、と思う人が」
「私も素子に賛成!封印部の部員にふさわしくないと、封印部を作る意味がないって事は、たぶん、私たちに期待しているってことよ。ああ見えても、学園長って考えて決めてると思うしね」
「まあ、そうだといいけど」
 素子と涼香の意見は一致していた。だが、その頃、学園長室では・・・。

 「ハッー、ハ、ハークション! あ、アチチチ、美貴さん、何か拭くもの!」
 「はいはい、ちょっと待ってください!」
「あー、書類にもお茶こぼしちゃったぁ・・・」
「だから、ちゃんと考えてカップは置いてって、いつも言っているでしょう?」
「くしゃみなんて、いつ出るか分からないよ」
「少しぐらい我慢できないんですか?子供じゃあるまいし」

・・・・。 

 「とりあえず、どうしますかな、部長さん?」
 「やっぱり、これは見ておかないと」
 と、素子は、さっきから握ったままだった鍵を見せた。
 「ああ、部室ね。でも、封印部の部室なんて聞いたことないよ」
 「でも、私と素子がこの鍵を受け取ったとき、学園長が『書いてあるからすぐ分かる』って言ってた」
 素子と同じく中学部からの生徒で、学園の隅々まで知っているつもりの未来でも「封印部」なんてカンバンの掛かっている部屋は見たことが無い。
 「これから作るんだから、どこかの空いている部屋なんじゃないのかなー。で、どこに部室があるの?涼香」
 「あ、場所はねぇ・・・。本館副棟2階の一番奥」
 「え?ほんと?」
 「二人とも、どうしたの?」
 「涼香は、来たばっかりだから知らないかもしれないけど。学園の生徒なら知らない者はいないミステリーゾーン。学園の七不思議。『開かずの間』。でも、ホントなのぉ?二人とも。聞き間違いじゃないの?」と未来が教えた。

 「ううん。確かに2階の一番奥って聞いたよ」
 素子は意外と落ち着いていた。今朝の夢の声は、確かにあの『開かずの間』から聞こえて来たに違いない。聞いたときは何を表しているかは分からなかったが、今なら分かる。運命、といえば重苦し過ぎるが、近いものを素子は感じていた。
 「運命の扉よ」
 「なに?素子」
 「文字通り、あの部室のドアは私たちの運命の扉。自分たちで開いちゃおうじゃない!」

 神ヶ丘の本館副棟2階には、文化系クラブの部室が並んでいる。運動系のクラブは、グラウンドに合同で専用のクラブハウスを持っているし、他の文化系のものでも専用の設備が必要なところは、ここに部室を持っていない。音楽系や芸術系は、音楽室や美術室を使うからだ。結果的に、近辺には比較的「おとなしい」生徒が集まりやすくなっている。放課後なので、どの部室にも人が集まっているようだ。

 「ええっと、マンガ部に茶道部、服飾研究会、映画研究会、鉄道研究会、って、奥に行くほど部活じゃなくって研究会が多くない?」
初めて来る涼香が、部室の看板を見ながらあきれた。
 「うん。まあ、そうね。なぜか、自然にそうなってくるみたい。あ、もうすぐだよ」
 細長い廊下を、ほぼ端から端まで歩くことになる。「開かずの間」まで、あと少しである。が、その手前に来て涼香はあることに気がついた。

 「ねえねえ、素子。奥の方って、空き部屋が多くない?」
 「あ、そういえば」
 「何かあったの、恵?」
 世間話をするように軽く、涼香が聞いてみる。
 「それはねぇ、開かずの間の近くに出来たクラブは半年以内に解散するっていうジンクスがあるのよ」
 「またまた」
 「本当だよ。誰にもいないのに、隣の部屋から何かのけはいがするって。気味悪がってみんな辞めてっちゃうんだって」
 「だったら、辞めた人、知ってる?」
 「知らないよぉ。この隣の部室だって、かなり前からどこのクラブも使っていないから物置になってるんだよ」
 「ほら、ね。超常現象の話ってこんなもんだよ。単なる噂だけだって」
 「でも、魔法は、現に使えるようになったよ」
 「・・・・。魔法は別よ、別! 何にでも例外はあるの!」
 「あ、何か書いてある」
 素子が、その「隣の部室」の入り口の横に画鋲で張ってある、昔のクラブ活動の黄ばんだチラシを読んだ。

 「健康研究会に入って健康になりませんか。ストレスの多い現代社会に住んでいる皆さん、健康研究会に入って、長生きしませんか?部員は、すべて100歳まで生きることを目標に日々、精進しています。活動内容:健康食品を食べる。適度なマッサージ。適度な運動、体にいいことすべて」
 その「健康研究会」の会長の写真は、3日間ほど寝ていないような顔をした、胃の弱そうな男子生徒・・・。

 「これじゃあ、どんなところに部室があったって同じじゃん」と涼香。


 気を取り直して、三人は「開かずの間」の前に立った。
 がっしりして重そうな扉。誰も掃除をしないので汚れや錆がこびりついている。長いこと誰も使っていないが、肝試しをするから、生徒なら誰でも一度ぐらいは来たことがある。素子は、その前に立ったとき、今朝の夢のように扉が燃え出すのではないかとドキドキしていた。
 「どこにも書いていないね。『封印部』って」
 恵が入り口近辺を見回した。
 「2階の奥って、他の館なんじゃないのかな」
 「でも、ここしか部室に使えそうな部屋ってないよ、涼香」
 「あれっ。ここに板みたいなのがあるよ」
 ドアの上に、何か金属板のようなものが打ち付けてある。涼香がホコリを指でこすってみると、しっかりと古い字体で「封印部」の文字が刻まれていた。
 「なんで・・・。出来たばっかりの部活のはずなのに・・・・」
 「前にもあった、ってことかな」

 素子は、その文字をどこかで見たことがあるような気がした。

 「どうしたの?素子。早く開けてみようよ」
 「う、うん」
 未来にせかされて、鍵を穴に押し込んだ。手入れをしていないせいか、錆付いてギシギシと音を立てるが、なんとか入った。回す。涼香と未来は固唾を呑んで素子の手を見つめている。

 ガチャリ・・・・・

 「開かずの扉が、開いた」
 「しかも、ずいぶんあっさりと」
 「ただ鍵が閉まってただけじゃない。バカバカしい。ま、学園の伝説なんてこんなもんでしょ。じゃあ、さっさと入ってみてよ」
 「うん。運命の扉、開け!」

 グガガガガーーー

 油をさしていないせいか、重い。後ろにいた二人も加勢して、扉を押し込んだ。扉を全開にすると、部屋の中は真っ暗闇だ。入り口に近い場所だけが廊下の外から入り込む日光に照らされて浮かび上がった。
素子は、一歩だけ部屋に足を踏み入れると、残りの二人を手招きした。
 「うーん。思ったよりはキレイかもしれないね。使っていなかったから、ずいぶんホコリは溜まっているけど」
 「何にもいない?」
 涼香が聞く。
 「うん。特に変わったところはないかなー。あ、電気つくかな。ねえミライ、探してみて」

 サササササーー

!?

 「何か動いた!!」
 「え?」
 後に続いていた未来が、暗闇の一点を指差した。開かずの間の正体なのか!?
 言うが早いか、素子が部室の暗闇の中に飛び込んだ。暗闇とは言っても、だいたいのレイアウトは入り口からの光で掴むことが出来る。片手で顔をガードしながら部屋の奥まで一気に入りこんで、窓を開けようとする。その間も、何かの動く音は続く。

 窓枠も鍵も錆付いているのかなかなか開かない。急いでガラス戸を開け、鎧戸も開け放つと、春の柔らかな光が、部屋中に差し込んだ。部屋は人が使っていない、独特のにおいと、ちょっとした備品しかない。
 「何にもいないよ、ミライ」
 素子が、入り口に立ったままの二人を振り返った。
 だが、未来は首を振る。
 「ゼッタイ、動いたよ。素子が窓を開けるちょっとまえ、何かが本棚の後ろに入っていった!」
 「まさか、ゴキブリ?」
 素子が言うと、涼香が後ずさりしだした。
 「どうしたのー?」
素子が片手をメガホンのようにして呼びかけた。
 「イヤー!!!絶対に入らないっ!!!」

つづく