『黄色い街 後編』

- Yellow Town vol.2 -

 お茶を飲んだあと、私は古池と名乗る蛙と別れて、言われたとおりに進んで行きました。と、突然 なにやら黄色い光が木々の間から漏れてきました。御見沢温泉街です。街の入り口には「ようこそ 御見沢温泉へ」というさび付いたアーチがかかっていました。
 街全体は思ったより大きめでした。温泉街の中心を走る道路には色々な土産物屋がならび、温泉客も かなり出入りしています。ただ、なんだか街全体がやけに黄色っぽくて、まるで黄色のサングラスを かけて街を見ているようでした。温泉客や温泉街の人たちも、何だか心の底から幸せだ、という ような顔をしているので、少し妙にも思いました。  目抜き通りをしばらくいくと、古そうですが大きい日本旅館がだんだんと見えてきました。蛙の 古池氏が紹介してくれた所です。ですが、かなり高そうなので一瞬、戸惑いましたが、値段を聞いて から他の宿を当たってもよかろう、と思って立派な玄関に入ったのです。

 中から出てきた女将は、紹介状を見るとタダで泊まらせてくれる、と言ってくれました。いくら 何でも一泊最低でも二万は取られてもおかしくない宿にタダで泊まることも出来ない、と遠慮しました が、女将はこう言うのです。  
「古池さんには街の者はみんなお世話になっています。その紹介状を持ってこられた方からお金を 取るなんて、とんでもありません」  
 その日は、広い浴場となかなかおいしい料理と地酒で体を休めました。傷のほうは、と言うと女将の 持ってきた湿布を張っておくと、翌日には不思議とすっかりよくなっていたのです。

 翌朝、古池さんに御礼を言おうと自転車をこいで事務所へ向かいました。事務所は夢ではなくそこに 立っており、古池氏もいました。  
「どうでしたかな。なかなかいい宿だったでしょう。女将も美人だし」  
「ええ。おかげ様ですっかり元気になりました」  
「それは良かったです。今日はどちらへ」  
「実は、そのことなんですけど、あんなに良くしてもらってタダで帰るのも申し訳ないですから、 家電の撤去、手伝わせてください」
「そんなに、気を使わなくて結構ですよ」
「いえ、この自然を守るために、少しでも役に立ちたいんです。これでもボランティアの経験は かなりあるんですよ」  
「そうですか・・・。じゃあ、お願いします。二日に一度、ふもとの町から解体した家電を取りに 業者が来ますので、それに合わせて家電を種類別に解体してください。いろんな部品があって結構 手間ですが、分別しないと持っていってくれないんですよ」
 古池氏はさも困った顔をして、また私を見ました。
「わかりました。私に任せてください」  

 その日から、事務所に泊まり込んで、私は解体作業をはじめることになりました。古池さんは毎日、 事務所に来てなにやら色々な書類に目を通したり何か書いたりしていましたが、午後五時を回ると 古池さんは帰宅します。食べるものは毎日、街の人が差し入れてくれました。

 家電の解体は慣れるまでが大変です。テレビや洗濯機、冷蔵庫など雑多なものが林道の途中で山積みに なっています。中を開けると樹脂やら金属やらプラスチックやらありとあらゆる電子部品やらがごちゃ ごちゃと詰まっています。それに雨水がたまっていると、何だか分からない虫がごそごそとはいだして くるのです。それを種類別に解体して置いておくと、夜中にふもとから業者さんがやってきて引き取って いくのでした。

「どうです、岡本さん。結構疲れますでしょ」
 古池氏さんはパイプをふかしながら私の作業場所までやってきました。
「はい。でもやりがいがあるって言うか、気持ちのいい疲れ方です」
「そうですか。ワタクシたちも助かります。もう五日目ですね。だいぶ解体作業は慣れましたか」
「最初よりは。結構コツもつかんできましたから早くなりましたよ。だけど、もう明後日には 東京に帰ります」 「名残惜しいですねえ」
 古池氏は私が解体し終わった家電部品の山を満足げに見回しました。
「また今度の休みになったら手伝いに来てもいいですか」
「もちろん、大歓迎です。街の人たちも大喜びです」

 ええ、そうです。その時には、すっかり家電の解体が私の生き甲斐になっていました。街の人も毎日来ては 私のことを誉め、地元の名産だとか、裏の山で取れたとかいろいろな食べ物を差し入れてくれましたから。

「精が出ますねぇ。ご苦労さんです」
「これぐらい何でもないです」
「わしらなんか、ホラ、そんな重たいもんよう持ちきらないから。ホントにあんたが来てくれて たすかっとるンヨ」
「そうじゃ、ほんとに近頃の若いもんには珍しいえらい男じゃ」

 こうして一週間がたちました。かなりの量の家電を解体し持っていってもらったつもりでしたが、 ちっとも山に捨ててあるゴミは減りません。考えました。もともと、不法投棄する人間がいるから こんなことをしなければならなかったのです。私は、最後の夜に張り込むことに決めました。 注意するか捕まえるか、証拠の写真をとって、あとで警察に訴えるか何かしないと気が済まなかった からです。
 午前二時。森は静まり返っています。どこかで虫が少し鳴いては、むっつりと黙り込み、森全体が 何か見守っているようでした。私があきらめて事務所に帰ろうとしたとき、急にトラックの音が しました。すばやく藪の中に隠れると、トラックの行方を見守ります。

 トラックは何も気づかずに、 いつも私が解体作業をする場所に来ました。運転手と助手が降りてきて、なにやら 重たそうな物体を次々と山に捨てていきます。作業は手馴れたもので、あっという間に大量の家電が 並べられました。もうあいつらが犯人であることは間違いありません。とっ捕まえるか顔を確かめ ようとカメラを持って近づいたその時です。

  なんと二人は私が解体終わった部品を、規則正しくトラックの荷台へ運び込んでいるではありませんか。 だいたい積み終わった頃、森の反対側から、ぽうっと一点の小さな光が近づいてきました。

「今日もご苦労さま。町の景気はどうですかな」
 古池氏のいつものパイプでした。

「あっ。旦那、毎回どうも。このところハコは増えていますぜ。どんどん都会から運んできてる」
「それは良かった。しかしね、今こいつを解体しているのが、明日でいなくなってしまう。なあに、 今度の休みにも来るらしいから心配ないが、それまでのつなぎで誰かやるのはいないかな」
「なあに、そんなこたぁ心配ないさ。いっくらでも代わりはいるよ。都会にゃはいて捨てるほどね。 困っている、といえばすぐ来てくれるんでねの」
「それもそうですな」
「それじゃ、旦那、またくるよ」
「ああ、社長さんによろしくな」

赤いテールランプが木々の間に吸い込まれていきました。 そのとき、やっと私は全てを悟ったのです。 今でも覚えていますよ。黄色い街の人々の私を見る目を。