『ニモノコキクシハシ』 - nImonoCk O kEuksHasi- | |
「歴史認識の違いということですかな」 奇妙なほど細い目をした外人外交官だ。表情はまったく読み取れない。 「いえ、そうではないのですよ。やはり、その土地その土地で歴史が違うわけですし、見方によっても違うわけです。名前や年表を統一する必要はあるのでしょうか」 「先ほどから、同じことを繰り返させますね。いや、随分前からそうです。私たちは、もはや別の世界に生きている存在ではないのですよ。同じことが、別々の呼び名で呼ばれていることは、やはり、これからの時代に不便極まりない。これが、今回、歴史認識を統一するために、私の委員会が作ったリストです」 大臣は、老眼鏡を掛けなおして、手渡されたリストのデータを見つめた。大容量のファイルには、歴史や科学に至るまで、ありとあらゆる事実が、聞いたことも無い音韻で対訳されていた。今まで、こんなことは無かったはずだ。ここ最近、急に来たばかりの連中に、なんでこんな目に合わされるのだ、と交渉の前には散々毒づいていたはずなのだが、やはり大量のミサイルが向けられているとなると、そうも言っていられない。今の我々の技術では打ち落とすことも出来ないのだから。 「確かに、不便か不便ではないかといわれれば不便です。ですが、長く使われていた上に広く理解されていた名称を、一朝一夕に変えるということは・・・・」 「ですがね、歴史なんてものは、新発見によって次々に変わっていくものなんです。今、流布しているものだって、あなた方が勝手に名づけたわけですから。今だって地図の名称を統一しようとしているところなんですよ。もっとも私たちの使っている名称を認めてもらうのが大部分ですがね」 外交官氏は、傍らの同僚を見て笑った。隣の外交官も、細い目をいっそう細くした。口元がかすかに動いたように見えた。 「もう一度、言っておきましょう。別に私たちも、こんなつまらない、書類上のことで戦争を始めようなんて思ってはいないのです。私たちは平和をこよなく愛する民族なのです。そして平和と同じく真実もこよなく愛する民族なのです。ほとんどの事柄について、私たちの方が、あなた方よりも5千年前には発見していました。このあたりは、あなたがたの学校でも、絶対に教えておいてもらいたいことですな」 「学校教育と言いましてもね、いろいろと急には変えられないのですよ」 「こちらは、5年ぐらいなら待ちましょう。なに、長い宇宙の歴史から見れば、ほんの一瞬ではないですか。やはり友好関係を結ぶためには、共通の認識が必要なのですよ。それを、諸般の事情があるだの、自分たちにも長い歴史があるだのって。それは分からないでもないですよ。でも、事実は事実なんだから。教育では、実際に起こったこと、すなわち真実を教えなくてはならないのです。それが、どんなに自尊心を傷つける結果となっても」 「わかりました。わかりましたよ。鋭意、検討させていただきます」 「それだけでは駄目です。受け入れたという友好と親善の姿勢を見せていただくためにも、今日中にマスコミに発表してください。手始めに・・・。そうだ、あなた方のいうアルキメデスの原理を、私たちの星の偉大なる科学者、ニモノコキクシハシの原理とする、と発表していただきたい。ニモノコキは、アルキメデスとやらよりも7千年ほど前の人物でして、アルキメデスとやらとまったく同じ原理を発見しました。他の項目は、5年以内の変更で構いません」 外交官氏が言い終わらないうちに、空から見たことの無いタイプの宇宙船が降りてきて、窓の外の広場に降り立った。会議室のモニター画面に、ザクロのような頭をした(顔なのかもしれないが)生命体が映った。 「いや、ちょっと待ってください。さっきから聞いていれば、随分と好き勝手に言ってくれますね。実は、我々の祖先であるンキスン・ンヒコラセが、あなたの星のニモノコキクシハシよりも1万年ほど早く発見しているのですよ。私たちは、あなたがたに対して、歴史認識の修正と統一を要請する・・・」 |