『もう一度、ダイスを振ってください』
- Cast the die, again - | |
一人暮らしのワンルームマンションに帰る。今日も一日、オフィス街を歩き通しだった。これで10社目ぐらいだろう。また来るんだよ。 「拝啓 時下ますますご健勝のこととお喜び申し上げます。 このたびは、ご多忙の中、ご来社いただきありがとうございました。 一次面接の結果を慎重に協議致しました結果、誠に残念ながら 今回の採用選考を見送らせていただくことになりましたので ここに通知致します」 ってメールがさ。 はっきり言ったらどうかな。キミはわが社には必要ないってね。それならまだスッパリと諦めがつくんだけど。と思いつつメールを確かめてみると、やはり面接を受けてきたばかりの会社から、「次のステージに進めませんでした」とのメッセージ。ご丁寧にも「就職活動の成功をお祈りしています」だそうです。お祈りはしなくていいから、内定を出してください。二度とおたくの商品は買ってやるもんか、っと次のメールを開いた時だった。 玄関のチャイムが鳴った。 近頃は、何が来るか分かったものじゃない。変質者、新興宗教の勧誘、強盗、詐欺、悪徳商法、何でもござれだ。こういう時に、セキュリティーのしっかりした物件を選んで正解だと思う。インターホンについたカメラを見ると、なんと今日の面接を担当した中高年の試験官だった。たしか人事部長だったと思う。名前は・・・・・名刺は貰ったはずだが・・・・・しまった。さっき原型が何の紙だか判らなくなるぐらい八つ裂きにしたんだった。 「どちらさまでしょうか」 気が付かないふりをした。 「本日、面接を行った○○会社の人事部長の坂井だが」 やはり、今日の面接官だった。圧迫面接に近い、いやな面接だった。ほんのワンシーンを思い出すだけで、胃が絞られるような感覚が蘇る。不快で傲慢なやつだった。モニターを消したら、やつの存在までこの世から消えるのならどんなに良いだろう。 だが・・・・。自宅に押しかけてくるのは、少し異常だ。住所は履歴書に書いてあるから知っているのは不思議ではない。人事部長が直々に来るということは、裏がある。今回のメールが間違いだったのか。いや、何かのコネが効いたのかもしれない。心当たりはまるでないが。 「少々お待ちください」 ドアを開けると、大柄な面接官が現れた。なにやら口をへの字に曲げている。僕が小柄なせいで、半開きになったドアからにゅっと入る彼に見下ろされたかっこうだ。 「こ、こんばんは」 「ああ、こんばんは。夜分にすまない」 鷹揚に返事をしながらも、目に余裕はない。他人の家の玄関を、鑑定士のように入念に、だが不機嫌に眺め回す。別に大したものなんか置いていない。一人暮らしの男の部屋なんて、殺風景か散らかっているかのどちらかで、僕のは殺風景な方だ。 それよりも、背広から臭ってくるタバコに我慢がならない。足元を見ると、今捨てたばかりの吸殻が、風にコロコロと運ばれていくのが見えた。 「あの・・・・。本日の面接のことについてですか・・・・?」 「いや、そんなことじゃない。その件に関しては、『落ちた』とメールが行っているはずだがね」 「はい、それは読みましたけど・・・なら、ご用件は」 「別件で、君に頼みたいことがあってね」 「はあ、そうですか」 今度は玄関ではなく、僕に焦点を合わせて下から上まで、粘着質の視線を送った。目を合わせずらい。玄関に置いてある姿見越しに、彼を観察するのがやっとだ。 「まさか、カマを掘らせてくれるなら内定を出すってわけじゃないですよね」 「いや、そんなことではない。いや、わざわざそんなことの為に来るはずが無いじゃないか。実はね、突然なんだが、この日本のために死んでくれないか、ということなんだよ」 「え?」 「だから、国の為、ひいては世界人類のために死んでくれということだ。急なことで済まないがな。わが社が、もともと特殊法人で去年になって民営化されたということは、会社のパンフを見た君なら知っているだろう」 「それぐらいなら」 「ちょっととっぴだから信用しづらいとかもしれないが聞いてくれ」 と、そこまで話すと、急にムスッとした表情で部屋の奥をうかがう。 「あの・・・・立ち話もアレなので、狭いですがどうぞ」 「ありがとう」 「本当に、何もないな。家具とか本とか。ポスターなんかも貼らないのか」 ヤツは部屋の真ん中に、無許可で腰を下ろしてつぶやいた。ポケットからタバコを取り出した。 「灰皿、ないのかい」 「ありません。吸わないんです」 「珍しいな。学生時代、周りはみんな吸ってたけどな」 「・・・。はやく用件を」 「ああ、わかったよ。早く終わらせて早く帰るよ。今まで、君は何かをやり直したいと思ったことはないか。例えば、試験とか人間関係とか。もう一度戻れるなら、って」 「そりゃまあ、思いますけど」 「だろう。実はね、東京のある場所に『時間を戻せる機械』というのがあるんだ。それを使うとな、例えば、何か大惨事が起きたときに、それが起きる前まで時間を戻すことが出来る。するとどうなるか。もう一度、その事件に対応することができるチャンスが出てくる。この機械の管理・保守・運用が、うちの本当の仕事なんだ」 「はあ」 「今回の戦争、君は知っているよね」 「はい」 「政府の対応のまずさでね。かなりの人間が死んで、国内外の批判は高くなっている。支持率も下がりっぱなしだ。他にも外交、内政の失策が続いてね。このままでは、この国の国際的な地位が危うくなってしまう。そこで、だ。もう一度時間を戻して、対応しなおしたいのだよ。そのためには、君の力が是非とも必要なのだ」 「さっき、死んでくれって」 「そうだ。申し訳ないのだが、その機械のスイッチを押す人間は死んでしまうのだよ。ロボットが押せばいい、とかそういう問題じゃない。尊い人命を犠牲にすることで、初めて時間の歯車を逆回転させられるメカニズムなのだ。詳しくは説明できんがね」 「じゃあ、なぜ僕なんですか」 「この機械の操縦には、ある種の才能がいる。つまり、使う人によって巻き戻る時間は違う。その適性を例の住基ネットで調べて、こうやって候補者をリクルートするのが、私たちの本当の仕事のひとつってわけだ。日本の未来は君にかかっているんだ」 「はあ。死ぬんですか」 「ただの犬死じゃない。特別手当が一億五千万円だ。いまどき、交通事故の補償金だって、こんなに出ないよ。しかも、生前に使うことが出来る。すべて無税だから、一億五千万円まるまる使えるんだぞ。これで親孝行ができるじゃないか。何なら、例の神社に祭る手続きだって、希望者にはしているのだがね」 「はあ」 「これで、たくさんの人の命を救うことが出来るのだよ。君に日本の未来がかかっているんだ。うんと言ってくれないか」 「はあ」 「何が不満なのかね。一億五千万が不満かね。生きているうちに、それだけのカネを使えるなんて、絶対ないんだぞ。この先、生きていてもな。何ならあと一千万ぐらいなら上積みできる。どうだい」 「はあ」 「もう一千万円、計一億七千万なら」 「いえ、金額のことは、どうでもいいんですよ」 「なら、この書面にハンコを。明日中に指定の銀行口座に入金しておくよう手配しておく。後日、担当の者が迎えに」 「いいえ、そういうことでもないんです。本当に、僕に日本の未来がかかっているんですか?」 「ああ。君が時間を巻き戻してくれることで、この国はもういちどダイスを振ることができるんだよ。それで、大勢の人々の命や希望、財産が救われる。君は救国の英雄だ」 「じゃあ、なんでニッポンの未来だかなんだか知りませんが、それがかかっているのに、政府の人間が来ずに、あんたがくるんですか?」 「それは、その・・・・。こちらとしても事情があるんだよ。なにせ、理事長も理事も忙しくてね。普段なら、私みたいな下っ端が出る幕ではないのだが、事態は急を要するんだよ。わかって欲しい」 「分かるも何も、こっちは『死んでくれ』っていわれているんですよ。しかも、そんなに重要なら、首相が来てもおかしくはないでしょう。信用できないです」 僕は、男にかまわずテレビをつけた。10時だ。ニュース番組をやっていた。今日は、大した出来事もなかったようだ。だが、次のニュース。首相が今夜、オペラ「タンホイザー」の観劇に行ったというニュースが流れてきた。 とても感動されたそうだ。 僕は、招かれざる客を見た。彼は悪びれるふうもなくテレビを見ていた。 「偉い人には、偉い人なりの仕事があるんだよ。さてと、返事は今貰おうか、それとも2・3日してから貰おうか。どっちにしろ、今日は支度金として、これを置いておく決まりでね」 彼は、ブリーフケースの中から、札束を一掴み、ちゃぶ台の上にぶちまけた。 「全部で八百万円ある。これを見ながら、少し考えてみてくれ」 「早く帰ってください」 「ああ。今日はもう帰るよ。じゃあ、また明後日の同じ時刻に」 「・・・・いつ来たってとにかく、そんな話は信じられないし、モルモットになるのはご免です」 これを聞いた彼の顔は一瞬にして紅潮し、立ち上がると威圧するように近づいてきた。 「ここまで聞いても、NOなのか。ここまで機密を知って、無事で済むと思ってんのか」 「機密ですか?こんな三文SFにも出ない話、誰が信用するっていうんですか。誰がなんと言おうと、大金もいらないし、救世主になる気もありません」 僕は、今まで見たこともない、銀行の帯のついた一万円札の山をかき集めて差し出した。 憮然とした表情で、彼は札束をひったくると、ドンと僕の胸を突いた。 「お前みたいなものが、世の中に必要とされるなんて事は、こんな時しかないんだ。いいか。お前みたいなやつが就職先を見つけ出せると思ったら大間違いだぞ。いいきになりやがって。日本が滅んだら、みんなお前の責任なんだぞ。聞いてんのか」 「早く帰ってください」 「早く帰ってください、しか喋れないのかい?今日の面接のときは、随分と偉そうなことをいってたじゃないか。人のためになる仕事をしたいって。これ以上、人のためになるような仕事なんてないんだ。あれは、やっぱりウソだったのかい。え?このうそつきが。何なら、今すぐ連れて行ってもいいんだぞ。下手にでりゃいい気になりやがって」 僕は、目をあわさないよう、床を睨みながら彼を玄関まで押し出した。 鉄のドア越しに、彼はひとしきり怒鳴った。警察を呼ぼうかと思ったが、警察の連中が彼の話を聞いて、強引に僕を引きずり出して連行しようとしたら抵抗できないな、と考え直してやめた。 「この恥知らず!親のすねしかかじってないでこれか?ケッ。おまえが、のうのうと生きている裏で、同じように死んでいった人間について考えられるだけの脳みそがあるのかい?自分の番になったら知らんぷりかい」 ゴミ箱を蹴飛ばす音が聞こえ、やがて怒声も消えて行った。また、一帯は夜に沈んでいった。 それから、僕は不採用通知を見るたびに、この夜の出来事を思い出す。残念ながら、まだ内定は貰っていない。だから、ふと、このときにYESと言っていた場合を想像するのだ。 |