『青い砂漠』

- The Blue Desert -

 僕は、臨海地区にある超高層ビルのエレベーターの中にいた。乗ってからかなり長い時間がたち、地上の自動車が小指のつめぐらいになったとき、ようやく
 「止まった・・・」
 オフィスにつくと、「あの男」が待っていた。
「いやあ、本当に来てくれたんですねえ。どうでした。見晴らしがいいでしょう。夏はここから
花火がよく見えるんですよ。さっ,こちらです」

 この男と会うのは、2週間振りである。

 「すごい。いやあ、噂には聞いていましたがすごいですねえ」
 いつも学校帰りに一人で寄るゲームセンターで、新しく入った大型筐体から出てきた僕は、不意に、はじめて見る男に声をかけられた。
 「今日出たばかりだというのにランクSとはさすがです。さすがはこのあたりで一番ゲームがうまいといわれている鈴木さんだけのことはある。あっ。申し遅れました、私、このゲームのプロデューサーの田中という者ですよろしくお願いします」

 と、ブランド物の名刺入れの中から、丁寧に一枚取り出すと、眼鏡の奥の笑わない目で差し出した。
 「はあ、そうですか。これからレポート書かないといけないので、失礼しますよ」
 と、逃げようとすると、男は言った。
 「まあ待ってください。いいアルバイトがあるんですよ、あなたのゲームの腕を見込んで。興味があればぜひそこに連絡してください。日給2万円は保証しますよ」

 それから二週間、レポートに追いまくられたあと、友達と行く約束したスキー旅行の資金が足りないことを思い出した。一ヶ月でそれを用意することは不可能だ。その時、財布の中でよれよれになっていた名刺を思い出し、半信半疑ながら「田中」と名乗る男のところへやってきたのだった。
 
 「こちらです。次回作の開発現場。あなたが初回でハイスコアをたたき出した作品の続編ですよ。もうそろそろ通信対戦の試験が始まりますから、その中に入ってください」
 見るとゲームセンターに入っている現行のものよりはるかに精巧にできた筐体が薄暗い部屋の真中に置かれており、パソコンの画面の光に照らされた不気味なクマを目の下に作ったスタッフが二人、僕を凝視していた。促されるままに操縦桿を握る。
 「これから始まるのは、通信対戦システムの試験です。あなたのロボットは画面中央のこれですね。あと、ほかのプレイヤーの動きにも注意してミッションを成功させてください。そこにあるマイクで、他のプレイヤーと話すことも出来ますよ。今日は作戦1の試験です。アーケードと同じくコンティニューなし、難易度はハード、いいスコアが出たらボーナスも出しますから、頑張ってくださいよ」
 「はあ」
 「では14時丁度から作戦開始です。
                         ・・・・・始めてください。」

 僕は、青い砂漠の中に立っていた。操縦桿を通して砂の感覚が伝わってくる。足を取られながらもじりじりと前進。だが、敵の部隊がこちらに気がつき、攻撃してきた。こうなったら後ろから回り込んでやる。

「他に誰かいないのか」
ほかのプレイヤーに援護を頼もうとすると、ヘッドフォンに答えが返ってきた。
「よし。俺が長距離で援護するから、回って来い」
「私がいっしょに行くから」
「速さなら、ぼ、僕に任せてください」

 チームを作って3機で突っ込んだ。撃ってはよけ、なぎ倒し、払い、走る。画面の中には、現実の世界と見まがうほどの「戦争」が存在した。画面の情報と手の感触だけを手がかりに夢中になって敵を撃破していった。
 やがて撤退命令が出、戦果が表示された。16機中1位。撃破は戦車4、歩兵24であった。
「お見事でした。さすがだ。損害もまったくなくて助かります」
「とってもおもしろいですね、これ。通信対戦もスムーズに出来たし、何の問題もないんじゃないでしょうか。ただ、他のプレイヤーと後で情報交換できたりしたほうが面白いです。」
 「考えておきましょう。では、これが今日の分の6万円です。ボーナスは4万円、といったところですな。次回の試験は、おってお伝えします」

 現金6万円。たった30分で終わったのに!
 冷たい海風に吹かれながら、僕は未来映画に出てくるようなビルから出た。

 その後冬休みまでの1ヶ月、僕はほぼ毎日「試験」に通い、好成績を収め、ボーナスをもらい計200万円近くを稼ぐことができた。いつも一緒にその3人とチームを組んで出撃したが、ついに色々と話す機会はなかった。その後、田中さんからの連絡は無く、スキーから帰ってからオフィスも訪ねてみたが、誰もいなかった。

 「・・・紛争は両者が講和のテーブルについたことにより解決を見たようです。なお反政府側は政府側に戦争犯罪人の公開処刑を求め、合意しました・・・」
 10時のニュース番組を見ながら下宿で夕飯を一人で食う。こんなときは隣の高橋が、酒を持って突然現れたりするのだ。

 「ドンドンドン」     ほら。

「入れよ、開いてるぞ」

見ると何人もの体格のよい男どもが入り口から押し寄せてきた。
「スズキだな。外務省からの要請により身柄を拘束させてもらう」
 そんな、人違いじゃないのか。
「何ですかっ。何なんですか、一体。やめてくださいよ、ちょっと、放してくださいよ」
「君は、紛争の戦争犯罪人として平和に対する罪、および民間人の虐殺容疑により国際手配を受けている。来るんだ」