『町を消した男』

- The Man who conjured the town away -

  山岳鉄道でやってきたスキー客たちでにぎわう小さな町。先の戦争を経ても、まだ中世の石造りの建物が残り、クリスマスの今夜は町中がライトアップされている。そんな暖かな光に包まれた町の教会の裏に、観光客が決して関心を払わないような、小さな真新しい墓がある。

「なぜこの町を爆撃する必要があるのですか、参謀長殿!」
 リヒター大佐の怒号を初めて聞いた司令部の部下たちは、いっせいに顔を上げた。
「言っているだろう。侵略者たちはこの町をまだ手放してはおらんのだ。あさってに爆撃せにゃいかんのだ!」
「しかし、参謀長殿。敵はすでに全面降伏しようとしています」
「うるさい。決まったことは決まったのだ!」

 第4軍司令部。山国の雪が、窓枠に厚く積もっていた。5年に及ぶ防衛戦争も終わろうとしていたクリスマスに、急遽、爆撃作戦は決定された。侵略者たちは国境のあの町を最後の拠点としていたが、本国が降伏するのは時間の問題であった。だからこそ外国からやってきた同盟軍の参謀長は、新型爆弾を使いたがっていたに違いない。

「リヒター大佐、これは同盟軍総司令部の決めたことだ。従わないのなら軍法会議ものだ。まったく」
「しかし、参謀長殿」
「黙れ黙れ。見ろ、ワシの紅茶が貴様のせいで冷めてしまったではないか」
「ご再考ください」
「却下する。・・・誰のおかげで侵略軍を追い払えたと思っているんだ、この国は」

 参謀長は怒って部屋を出た。軍服の上で、勲章がいくつも鳴った。
 同国人の将校たちは、同情していた。その町はリヒター大佐の故郷だったのである。彼は握ったこぶしを思いきり壁の作戦地図の上にぶつけた。泣いていた。
 街道に位置する古い町は、戦争初期、敵が真っ先に占領した。軍人だったリヒターは、いつか故郷を取り帰そうと必死に侵略軍と戦いつづけた。だが、だがその故郷は明後日には灰になってしまう。まだ家族や友人、知人も大勢住む町が。
 窓から飛行場が見えた。今日までは頼もしく見えた爆撃機も、今となっては悪魔の化身である。
「くそう、よりによって新兵器の実験台につかうなんて・・・・」

 12月27日 午後6時。

 対空砲火が予想されるため、夜間爆撃である。第二航空艦隊に所属する新型爆弾を積んだ爆撃機と戦闘機が編隊を組んで、真っ暗な空に飛び立っていった。

 リヒターは作戦室から黙って空を仰ぎ、祈った。  
・・・・・・爆弾投下時刻。

通信が入った。作戦は一機の損害もなしに、滞りなく終了した。だが基地に戻ってきた者は皆、浮かない顔だった。パイロットはほとんどが同国人だったのだ。

 翌日の朝食時、ラジオが勇ましく鳴り響いた。明るいマーチと共に、アナウンサーは敵の降伏を伝えた。戦争がやっと終わったのだ。
「敵は降伏した。長い冬がようやく払われたのだ」
 参謀長が得意げに、基地内放送でも繰り返した。
 兵士たちは大喜びである。どこからかシャンパンが出され、祝杯が振舞われた。軍楽隊が演奏をはじめ、外では祝砲が響いた。我々は勝ったのだ。

「雪が解ける頃には帰る」
 と酔った兵隊が歌いだし、大合唱になった。
 しかし、一人沈んでいる男がいる。
「何て顔してるんだよ。俺たちは勝ったんだぜ。もうすぐ家に帰れるんだ。」
 と言った後で、その同僚は思い出した。リヒターの故郷は、昨日、自分たちが爆撃したのではないか。

 数日後、司令部から派遣された調査団は驚愕した。正確に爆撃し、跡形もなくなったはずの町が、以前と同じく存在していたのである。敵から開放された町の人々は調査団の軍人を見つけると、口々に感謝の言葉をかけた。参謀長は居たたまれなくなって早々と公用車に乗ると、司令部へ帰っていった。  

「リヒター大佐!リヒター大佐を呼べ!」
 司令部に帰ってから地図を引っ掻き回していた参謀長が怒鳴った。
「はい。参謀長殿。お呼びでしょうか」
「お呼びでしょうか、じゃない。貴様だな、地図をすりかえたのは」
「地図、ですか」
「とぼけるんじゃない。爆撃作戦用の地図だよ。町を消したのは、おまえだな。山一つ越えたところに変わっているじゃないか。みろ!」
「・・・」
「これは重大な利敵行為だ。分かっているのかね、リヒター大佐!」

 リヒターは軍を辞めた。戦後随分経ってから政府は彼の功績を認めたが、家業の靴屋を継いだ彼にとって、もはや何の意味もなかった。このあらましは街の人の知るところとなったが、彼は静かに言った。
「帰る故郷を、失いたくなかっただけさ」

  リヒターが亡くなったのは、昨年である。彼の葬儀には町中の人が参加し、教会から町外れまで、長い列が出来たほどだった。今夜、町の人たちは小さなろうそくを持って彼の墓へやってくる。彼の墓石には、こう書かれている。

「町を消した男、ここに眠る」