『ユニット379』

-His Unit No.379-

((久しぶり。どうだい?そっちは?))

エクストラボーナスが出だしてから、もう半年ぐらい。毎日、相変わらず部屋でネットをし、ゲームをし、そしてメシを作り、食う。その繰り返しだね。

 ((本当に相変わらずだな。他には?))

まー、思い出した時に巡回はしているけど、それぐらいかなあ。やっぱり、モニターの前に一日中座っているのも楽じゃないじゃん?

((ずいぶん贅沢な悩みだよなあ))

いやいや。これでも最初は慣れるまで大変だったんだぜ。

世界にはこの部屋だけしか実在していないんじゃないか。ひとりだけ取り残されて、みんな何処かへ行ってしまったんじゃないか。

時々そう思うたびに、自分の膝から下の感覚がなくなって、そのまま地底まで吸い込まれてしまうんじゃないかと思うぐらいだった。

ま、いまは慣れたけどね。

((そりゃ、ずいぶん大げさだな。でも、完全に遮断されていても人間社会を恋しくならないってのが、俺にはまだ信じられないんだよな))

元々、昔から同じような暮らしだったからなあ。
世間が恋しくて仕方がなくなるんじゃないか、寂しさで眠れず、半狂乱になるんじゃないかと、自身でも期待していたところがあったさ。
いくら引きこもりだといっても、どこかで自分の中に、世間に甘えている部分があると思っていたんだ。

たったひとりになれば、少しは考え方を変えられる。そうすれば、やっぱり一から出直せると密かに期待したいたところもあったんだよ。でも、それは3日ぐらいで全く外れてしまった。やっぱり公団の適性スクリーニングは完璧だと思ったね。今では、ささやかだけど、自分がこんな環境に耐えていられることを誇りにすら思っているんだ。

((とはいっても、暇じゃないのか?いや、言い方がまずいな。飽きないか?そんな毎日))

うーん、どういう意味?

((そう言われてみると、こっちもわかんなくなるな。別の生活をしたい!とか思うことない?))

いや、別に。もし別のところに行ったとしても、きっと僕なら同じような生活をしていると思うしね。それに、いままでだってずっと同じ生活だったわけだし。

((そうだな。そういえば、あんたのランキング落ちてないか?))

いや、ゲームの方はキープしているはずだけど。それとも、仕事の方?

((仕事の方))

今のところ、世界ランクで38位。一番いいときは12位だった。これでも南太平洋地区では、5位内には必ず入っているんだぜ。

((おー。世界ランカーか))

まあね。これでも、働いていないわけじゃないんだ。

((なんか勿体無い気がするんだよな。あんたみたいな人間が、そんなところにいるなんて))

いやいや。僕にやれることなんて、この世の中に残されていないよ。他の仕事についたとしても、かえって瑣末なことに右往左往し、他人に気を使う。結局のところ余計なことが多すぎるんだ。僕はこの生活が気に入っているし、金だってかなり貯まっている。

((まあ、そうだな。じゃあ、どっかに寄港する時には連絡しろよ。メシでも食おうぜ。じゃあな))

じゃあな・・・。

またな・・・。

ベッドに入る前に本部への報告をつぶやき、ライフログバンドを外す。

「奴」に実際に会ったのは何年前なのだろう。

引きこもる前だったか。

・・・いや、その後か。

どこで出会った奴なのだろう。
そもそも、リアルに会ったことのある人間なのだろうか。

いや、そもそも人間なのだろうか。
公団の用意したプログラムか。
仕事の内容を確認させ、他人に話すことで「遣り甲斐」をキープさせるための人工知能。

いや、どちらでも構わない。
おそらく、奴は実在している。
そう思えるだけでも十分だ。

それに、今の僕には大した違いはない。
そんなに知りたければ、過去ログを検索すればすぐに分かる。
だが、そんな記録に意味はない。
いくらでも改竄だって出来るのだ。

寝返りを打つ。

こんな日が、また明日も続けばいい。

こんなことは、今の職に就くまでは考えたこともなかった。天職とはこのことだ。

今夜は、いつにも増して静かだった。
遠くに聞こえる波の音。油造藻のユニットも全く揺れていない。久しぶりにキャビンの窓を開けてみると、暗い水平線が星空を真っ二つに横断しているのが見えた。

100キロ四方の海域には、僕だけしかいない。今日も順調に、そして静かに終わった。